~けっこう毛だらけ 自我観念だらけ~                             ある日 「観念浄化ワーク」 という魔法の杖に出会いました。 自作自演の世界から脱出して 自由なわたしになるために 魔法の杖 お試し日記。
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 占い
2009年06月22日 (月) | 編集 |
昨年4月から 正式に「テイクオフコース」を申し込んで 早2年目。

昨年が ”わたしにとっての最悪期” と呼べるなら 環境は別に変わっていないが

ストレスはだいぶ減ったと言っていい。

自分の体調不良の原因は 仕事のせいだと思ってたので、当時は仕事を”恨んで”いた。

そりゃもぉ~ 下からガンeyesつけるように恨んでた。

あれから1年。今は そーゆー気持ちもなく 日常の一部として出勤してるし、

体調不良の原因は わたしにストレスを与える人たちのせいだと

大嫌いな人たちに 毒オーラを吹き矢で矢ブシュ⇒飛ばしてたのも さっぱりんキラキラ

まぁ、大嫌いな人を自分に当てはめながら 浄化ワークしたら

その人が 出社拒否して来なくなったのだ。 

本人の問題でもあるし、わたしが原因でもあるが 浄化ワークしたら

嫌いな人が嫌いでなくなった・・・とか、移動になったとか、辞めた・・・ということは

よくあることと聞いてたので これも効いたのかもしれない。

嫌いな人っていったって、合わせ鏡、自分のそっくりさんなんですけどね。

それを教えてくれるために わざわざお出ましくださったというだけのことで。




もひとつ、「そういえば・・・」と気づいたのは、「占い」 というものに全く興味がなくなった。

以前は、「占い」に強く影響されるということは なかったように思うけど、

一応は毎朝の 「占いカウントダウン」は見て、新聞の「占い」も読んで、

ネットのジョナサン・ケイナーの「週間占い」をチェックして、県内占い師の「今日の運勢」を

見ていた ←十分気にしとるやないかい!

いやいや、見たからって 「ラッキーフードのクリームパスタを食べよう」とは思わないってことですよ。

あ、ラッキーカラーが”赤”だったら 赤のパンツにしたりはしましたが。

あと、「風水」 とかね。「オーラの泉」とか。

占いではないけど オーラソーマ、 バッチフラワー、 パワーストーン。

いろんなものに頼りたかったの。

沖縄独特なものでいえば 「ユタ」とかね。

ホントにこれには・・・いろいろやったよ・・・・。




それがね、今はTVも新聞も雑誌もネットも 全くといっていいほど見なくなった。「占い」。

オーラソーマも バッチフラワーも パワーストーンも あることはあるけど。

そうだな 使いたくなるのは決まって 不安定な時だ。 ユラユラ揺れてる時。

他に方法があるんじゃないかと 焦る時。




お化けとか(今まで1度も見たことはない)、天罰とか 先祖事の不足とか 

そういうものに関しても なんだろう 過敏にならなくなってきたようだ。

「科学的でない」 とか 「とにかく信じない」という否定的なものではなくて

あると思う人には在る。 ないと思う人には無い
そんな感じ。

岡野玲子のマンガ 『陰陽師』 に阿倍清明 がこんなことを言っている。

「この世は目に見えない幾層もの層が重なって出来ているようなものだ」

「それぞれ属する層というものが決まっている」

清明は 鬼や妖怪などの対策をしていたので ↑は人間界と鬼達の層を言っているのだが

わたしは これはひとりひとりの”世界” も似ているのではないかなと思っているのだ。

「占いを信じ、 霊を信じ、世界は○○だ、人は○○な存在だ」 と思っている人の薄紙の層

「占いも霊もUFOもあるわけない。 世界は○○だ。 人は○○な存在だ」と思っている人の薄紙の層

人の数だけ そんな薄紙の層が幾重にも重なって 「今」 にいる。

同じ部分 で重なる層の人たちには ”共通の概念”があるわけだから それが「真実」。

信じる人の 「現実、真実」。

信じない人の 「現実、真実」。

どっちもあるんだろうってこと。


だから 「占い」 も信じる人の 「当たった!」

信じない人の 「ほら、当たらない」

どっちも 「あたり」 なんでしょう。

そう 思うようになって 「占い」 は見なくなった。



別に悟ったわけではないし、 迷いがでると やっぱり見てしまうこともある。

今のわたしが 思うのは そんな感じだ。

それだけ。








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 嫌う・嫌われるとき・嫌えば・嫌われてたのかな
2008年12月21日 (日) | 編集 |
職場にいる Aさんから なんとなく嫌われているような気がした。

「何か不快な思いをさせてしまったかな?」

「わたしが体調がよくなくてヘナヘナな その態度が気にさわるんだろか?」

などなど考えてしまう。

はっきりと面と向かって言われたわけではないし、

話しかければ フツーに返してくれるのだが、

なんとなくそう思えてしまう。




振り返れば 1年前、別の人だけど臨時で仕事に来ていたBさんのことがが大嫌いだった(現在は辞めている。この人のことも浄化したら来なくなったのだ)。

自分からは話しかけず、その人の会話や態度にイライラしまくり、内心では文句をぶちまけていた。

その時、わたしがその人にやったようなことをされている気がする。

う”~ん、だからって自分が何をするべきかと言われても

取り繕う必要はない気がするし、こんな自分が嫌いなら仕方ないかとも思う。

かといって 「嫌われてるかも」 と思ってると、彼女に対して遠慮した雰囲気が出てしまうし、

遠慮するために使う自分のエネルギーももったいないなぁ。



わたしがやるのは浄化ワークくらいしかないかな。

どう浄化しよう?

わたしが彼女に対して ここがヤだなと思ってることと

彼女は私のここが気に入らないかも(←わたしの憶測でもいいのかな?)

をやってみようか。



先週末 その浄化をしてみた。

・Aさんに嫌われている
・Aさんに嫌われている自分が許せない
・Aさんに嫌われている自分は悪い

・わたしはAさんに嫌われることをしたはずだ
・わたしはAさんを傷つけることをしたはずだ
・わたしはAさんが許せないと思うことをしたはずだ

・Aさんに嫌われることをした覚えはない
・わたしはAさんに嫌われて当然だ

・Aさんの態度は以前わたしがB(←嫌いだった人)にしたことと同じだ
・やったことは やり返される

・Aさんに嫌われたままなら いずれ仕事を辞めることになるかもしれない
・Aさんとオシャベリするのは苦手だ
・Aさんと何をはなしていいかわからない
・Aさんと話すのは気を使う
・Aさんが事務所にいない方がラク

Aさんは ○○教の信者なので、わたしがその宗教に対する思い込みと
「信者なのに こんな態度をとるなんておかしい」 というものもいくつか浄化した。


あと 会社自体への不満なども浄化

・健康だったら転職したい
・ひとりで外出できたら転職したい
・ここよりいい職場がきっとある
・ここよりいい職場で働きたい
・ここで仕事をしながら健康を取り戻すのはムリ
・ここで仕事をしながら体力をつけるのはムリ
・ここで仕事をしながら外出恐怖を改善させるのはムリ
・ここで仕事を続けると体調がわるくなる

これも確実にあるな と思ったのは

・この職場での観念を全部浄化したら きっと辞められる流れができるはずだ

なども浄化。



そしたらですね。

月曜日。

あれ? チョット雰囲気が違うかな?!

(でも、疑うわたし。やっぱり嫌われてて わたしから話しかけるとイヤなんじゃないか?)

雪解けのような会話はしたものの (月)は疑いが残ったままでした。

でも、結局その後、彼女とは 「嫌われてる?!」 と思い始める以前の感じに

戻っていました。





あの 「嫌われてるかも?」感はなんだったんだろう???

① ホントに嫌われていたが 彼女の中で許してもらった

② わたしの勘違い

③ 彼女の機嫌が悪いだけだった

④ 浄化すべき観念が出ていただけだった



う”~ん・・・・・どれでもいいや。




基本的に 彼女は気さくでおしゃべり好きで明るく人付き合いがいい。

でも、わたしが話すのが苦手だと思うのは、彼女に限らず

歳の近い人、または年下との会話は 

「自分の過去」に不足しているもの、一般的でないものを 知られるのがイヤだからだ。

恋愛経験、友達付き合い、現在の交友関係etc,

わたしは 「”したい”、”必要”と思わなかったからしなかった」 ことが 

世間では 「ヘンな人」 「フツーじゃない人」 と思われそうだから。

「○○していない」 「○○に行ったことない」 「ケータイでメールしない」

「ケータイから誰かにかけることもかかってくることもない」 「友人とは半年に1回くらいしか会わない(←でも親友だと思っているけどね)」等

だから 同年代より 年上のオバチャンと会話する方がラク。

こーゆーのも浄化だなぁ。




浄化・・・するにはしてるんだけど、

なんか中途半端で終わっているような気がする。。。

上記の観念リストが予想より少なかったから。

「観念を多く出すのが良い」 「観念を少なくしか出せないのは悪い」

「完璧に、完全に浄化しなければない」 というこだわりもあるんだろう。



「中途半端じゃあまり意味がないんじゃないの?」

「だから効果もそれなりなんじゃないの?」




これも観念だろうね。

結果はちゃんと変化しているのにね。

自我というのは 迷わせ上手なのよ。まったく。






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 (→)
2008年12月12日 (金) | 編集 |
わたしの自我が 「キツイ」と言っている

わたしの自我が 「イヤだ」と言っている

わたしの自我が 「うるさい」と言っている

わたしの自我が 「やりたくない」と言っている

わたしの自我が 「できない」と言っている

わたしの自我が 「イライラする」と言っている

わたしの自我が 「○○のせいだ」と言っている

わたしの自我が 「なんで?!」と言っている

わたしの自我が 「くそったれ!」と言っている

わたしの自我が 「縛られたくない」と言っている

わたしの自我が 「かまってくれっ」と言っている

わたしの自我が 「勝手にしろっ」と言っている

わたしの自我が 「放棄したい」と言っている

わたしの自我が 「普通がいい」と言っている

わたしの自我が 「普通はイヤだ」と言っている

わたしの自我が 「○○しなければならない」と言っている

わたしの自我が 「○○するのがコワイ」と言っている

わたしの自我が 「何か方法がないか探せ」と言っている

わたしの自我が 「○○よりマシ」と言っている

わたしの自我が 「劣っている」と言っている

わたしの自我が 「やっかいだ」と言っている

わたしの自我が 「面倒くさい」と言っている

わたしの自我が 「感謝しろ」と言っている

わたしの自我が 「よくなっていると思え」と言っている

わたしの自我が 「よくなるはずだ」と言っている

わたしの自我が 「ちっとも変わってない」と言っている

わたしの自我が 「ポジティブに考えろ」と言っている

わたしの自我が 「恵まれてると思え」と言っている

わたしの自我が 「このままじゃだめだ」と言っている

わたしの自我が 「原因・理由を探せ」と言っている

わたしの自我が 「変わるのは難儀」と言っている

わたしの自我が 「これじゃない」と言っている

わたしの自我が 「今やらんでおこう」と言っている

わたしの自我が 「心配しなくていいのか?」と言っている

わたしの自我が 「不安にならないか?」と言っている

わたしの自我が 「困るはずよ」と言っている

わたしの自我が 「逃げてしまえ」と言っている

わたしの自我が 「だってわからんのに」と言っている

わたしの自我が 「見ないでおけ」と言っている



これを打ちながら 脳裏で イヂワルそうなニコちゃんマークが笑っている笑う








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 行きたかったはずのB’zのライブは・・・
2008年09月22日 (月) | 編集 |
わたしがテイクオフコースに参加した理由のひとつが

「8月のB’zのライブに行きたい!」

でした。

結局、行かなかったわけですが、これにも自分の観念が大きく関わってたんですね。

この前の日記でB’zのことに触れたので、その流れをちょっと書いてみます。



《 7月26日 》

前回のライブはは2年前。
友人のおかげで なんとか行って最後まで観る事ができました。

わたしは10数年来のパニック障害で ひとりで外出ができずにいます。
1年半前からは 誰かが一緒でも外出が不安で 病院や鍼・マッサージなど
仕事以外では カラダに関することでしか出かけません。

疲れが取れず、背中に痛みがあったり、立ちくらみがしたり、
体調面の不調がさらに外出を遠ざけています。
(病院での検査で原因は特定できていません。自律神経かな)

なので外に出て何かをしたいと願うことは ほとんどない中で
このライブだけは 唯一 「行きたい」 と自分から求めるものなので
叶えたかった。

12月にチケットの予約があり、8ヶ月でどうにかしたい。
そのひとつがテイクオフコースでした。

B'zのライブには 大勢の人が集まります。
行くまでの道のり。
待ってる間の時間。
あのざわざわした 人いきれ。
大音量。
今のわたしには苦手なものばかりkao06
加えて 体調面での不安。

だけど 今年はデビュー20周年の記念ライブ。
各地のツアーとしては 最終日の沖縄。

行っときたい。



《 8月6日 》

8月直前になってよい整体師に出会うことができ、不調な原因を教えてもらい、
施術と自分でやるストレッチや生活の注意点を実行しましたが、
ライブに間に合うようにはならないかも。

メンタル面では (日)にakiさんの個人セッションを受けました。
そこで浮かんできたことのひとつがコレ。


「わたしは 本当にこころからB’zのライブに行きたいか?」


車や外出、人混み、気分が悪くなることの不安、
コンサートに行くことについてのおおまかな観念は浄化済でしたが、その後に↑↑の根本的なことが出てきたんです。

セッション後、ノートにこの1行を書き、浮かんでくる観念をあぶりだしてみた。


☆ ・沖縄でのライブは毎回行っているから今回も行きたい
  ・2年ぶりだから行きたい
  ・一応ファンだから、行きたい

☆ ・前回、一緒に行った友人がとても楽しんでくれたから今回も行きたい
☆ ・前回、友人と「次も行こうね」と言ったから今回も行きたい

☆ ・デビュー20周年記念だから行かないともったいない
☆ ・自分が本土に行くことを考えれば、B'zが来てくれるんだから行かなきゃもったいない
  ・けっこういい席だから行かなきゃもったいない
☆ ・チケット買ったんだから行かなきゃもったいない
  ・ライブ行くためにファンクラブ入ったんだから行かなきゃ意味がない

☆☆・行けばきっと楽しめるはずだ
☆☆・体調さえ良ければ迷わず行っているはずだ
☆☆・外出不安さえなければ迷わず行っているはずだ

  ・ライブに行けない自分に勝ちたい
☆ ・   〃    自分に負けたくない
☆ ・ライブに行くことをあきらめて自己嫌悪になりたくない
☆ ・       〃      挫折感を味わいたくない
☆ ・       〃      敗北感を味わいたくない

☆☆・ライブに行ける自分になりたい
☆ ・    〃    になって自信を持ちたい
☆☆・    〃    であることを実際に行って証明したい


☆ ・ライブに行かない自分になりたくない
☆☆・     〃     なるのがさみしい
  ・ライブに行かない自分になるのが許せない

  ・行かないで後悔するより行った方がいい
  ・    〃    のは悪い
☆ ・行ってやっぱりダメだったと後悔するより初めから行かない方がいい
☆ ・行って後悔するのは悪い

☆ ・行かないと損
☆ ・行った方が得

☆ ・早く決断しなければならない
☆ ・行かないのなら誰かに譲らなければならない


などなど・・・。
☆印は特に思いが強いかも。

これだけ「行く・行かない」と毎日迷っている割に 予習のためのCDを全く聴いていない。
というか、今年になって突然変異でV6が好きになってしまい(^^ゞ 彼らのDVDとかは見ているのです。

最近のB'zの曲よりは前の曲の方が好きってこともあるけれども、
これはどーゆーことだろう…?

「好きだから行くのか?」
「過去の自分が行っていたから行くのか?」


ここの壁にくると
☆☆印のところにもあるような

「今の自分の状態でなければ行っているはずだ」

という思いが 堂々巡りに戻る道しるべになってしまって決断できない。

でも、なんとなく気持ちの比重は一方に傾きつつあるような感じがするなぁ。。。

ただ、結論が「行かない」になったとしても、それは「行きたい」の断念ではなく
挫折からの諦めでもなく、悩むのがイヤだからの放棄でもない、
単に「行かなくてもいいや」と思えるようになったらいいかな。


《 8月16日 》

今日、明日 地元でB'zのライブがあります。
明日 行かないことにしました。

先週の(水)、一緒に行く予定の友人に電話で行けそうもないことを伝えました。

まず、体調がライブに行ける程のものではないのです。
1日 仕事を終えて帰るだけでやっと。 エネルギーを使い果たしてるカンジで

「あ、これはムリだな」

そう思いました。

前から薄々「行けそうにないな」とは思ってましたが、ギリギリまで粘ってたんです。
2年ぶりですし、20周年記念ツアーですし、今までは”行けて”いたんですから。
一緒に行く友人にも悪いし、結構いい席だし、他人に譲って他人がいい思いをするのもシャクだったし。
どーにかなんないかなと・・・。

でも、前に 日記で 「ライブに行きたい」 と書いた後、
「本当に行きたいか?」 と問いました。

そして 浄化しました。

そしたら、「行って楽しみたい」 という気持ちより、 
「行って最後まで参加した自分」 という 既成事実が欲しかったんだ!
”行くことへの執着”
 と ”過去は行けていた” 
という事実の想い方が強かったと気づきました。

”ライブに行ける自分”
”最後まで会場にいられる自分”
”友人に迷惑をかけない自分”


これが 理想であり、 そうあるべきだと自分に課し、 
それができないのなら他の全てを捨ててもこれに賭けるべきであり、
実現できない自分は許せない o(`へ´)o

と信じていました。

いろんな療法、サプリ、本 、このテイクオフコースも含め、
行けるようになるためにと試し、お金を使ってきたんですから。

「他の望みは諦めてることが多いんだから 自分からこれだけは!と思ったことくらい
叶えられなくて、何のために行きたくない仕事に行ってるのさ! ストレスだけ受けてばかり。 ひとつの欲求ぐらい実現できなくて 何の楽しみがある!」

と思い込んでました。

5月ごろには 体調も思わしくなく、「こんなに体調を狂わせるのは仕事のせいだ!
ライブに行けるようになるために 仕事も辞めてしまおうか」
とまで マジに思ってましたよ。

恐るべし! 執着!!うーん

友人に電話した後、涙がポロポロ出ましたが、
最後に懸念していた チケットをどうするかについては
なんと翌日には 友人の友人が一緒に行くことが決まりました。

40近くなると B'zを好きって人も少なくなるし、
家庭があって夜は抜けられないとか 見つけるのは困難だろうと思ってたんです。
最終的にはオークションだったかもしれませんが、
見ず知らずの人に譲るより、友人が行ってくれれば、わたしにはもう何の未練もなくなってました。

今日、akiさんの個人セッションを受けたとき

「体がキツイことも ライブに行かないことも 流れの中では自然だったかもしれませんね」

と言われ、

「あ~、そうかもしれないなぁ~」

と思いました。

昨年もやはり体調は不調で

「今年ライブがなくてよかったなぁ~」

と思ったんですよね。

浄化ワークも知らないあの時、もしライブがあって、今回のように行けなかったら、
たぶん、ものすごい自己嫌悪と 後悔と イライラ、何かに当たらずにはいられない
ストレスの渦に巻かれていただろうと 簡単に想像できます。

今?

未練はありません。
友人が楽しんでくれて、その報告が聞ければいいな~と思ってます。

わたしが 何もかも捨てて 得ようとしてたものは この程度だったんですね。

体調が仕方ない状態なので、わりと手放すのも 早かったかもしれません。
もし体調バッチリ☆で 気持ちの面での行く・行かない の葛藤だったら
どうーなってたかなぁ・・・・。
そう考えると akiさんの言う 「流れ」 としては今回のようなのが ベストだったんでしょうね。

もちろん体調がバッチシ☆で 行ったのならそれはそれできっとハイテンションで
盛り上がったと思いますけど。



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とまぁ、こんなカンジだったのですよ。

「これがなければ!!!!!」

としがみついていたものって 自分が体に鎖を巻きつけて縛ってるだけだったりするかもしれませんよ。

「これがなくたって別にいいじゃん」

とさらりとかわせると引っかかるものがなくてラクチンです。





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