~けっこう毛だらけ 自我観念だらけ~                             ある日 「観念浄化ワーク」 という魔法の杖に出会いました。 自作自演の世界から脱出して 自由なわたしになるために 魔法の杖 お試し日記。
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 あの雲 何に見える?
2008年09月09日 (火) | 編集 |
職場でコップなどを洗っていると、前が窓になっているので外が見える。

洗い物をしながら何気なく空をみると秋らしい筆でシュシュッをはねた様な雲が浮かんでいた。

う”~ん、何かの形に似ているなぁ。 鳥かな?

そんなことをぼんやり考えていた。

あの雲をわたしは 「鳥に似てる」 と思った。

でも、たぶん別の人が見たら違うものに見えると言うだろう。

でも、あれは雲であって、「鳥」じゃないし、別の人が似てると思うものでもない。

そして 雲そのものは 「雲」 という名すらカンケーない存在。

本質は 「雲と呼ばれる”アレ”」 でしかないのだ。

人も同じなんだろう。

例えばAさんは イジワルな人だとわたしは決め付ける。

ケチで、短気で、ひねくれものだと決め付ける。

あんな人とは付き合いたくない。 きっと友人なんかいないはずだとさげすむ。

でも、そんなAさんにも家族がいたりする。 飲み友達がいたりする。

自分の趣味にはお金をかけ、人の評価を気にして、孫には甘いオヤジだったりする。

人は、自我は、”わたしのものの見方は正しい”と思っている。

わたしが 思うAさんを正しい”評価”だと信じ、 

別の人が思うAさんの評価を ”人を見る目がない” と思っている。

だけど、Aさんは 「Aさんと呼ばれる”アノ人”」 でしかない。

雲の形が変われば 「似てるな」 と思うものも変わる。

○○だと思ってた人が ○○をしてくれたら 「この人にはこんな面もあったんだ」と印象が変わる。

正しいと思っている自分の ”評価” とはいとも簡単に変化する。

ラベルの重ね張りで コロコロと見方を変えるより、自分が貼り付ける手を止める方が気がラクになると、
観念浄化で教えてもらった。

少しずつそのことがわかりはじめたけど・・・・

貼り付けたラベルが膨大なんだよなぁ~~~えーん

 
ま、それでもやっただけのことはあるんで
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“固定観念”を手放して、リアルな人生を楽しもう!

「本当の自分へ還る旅」テイクオフコース




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